彼女は目を覚ました。ゆっくりと身を起こし、机の上に散らばっている大量の髪の毛を見つめていた。
 彼女が身動きするたびに、彼女の肩や背中からぱらぱらと切り落とした髪が落ちる。
 私はその間も、はさみを手に座り込んだまま、ただぼんやりと彼女の背中を眺めていた。
 部屋は静寂に満ちていた。彼女は声を出さなかった。私も無言だった。
 やがて彼女はゆっくりと振り返った。
 はじめから予測していたかのように、彼女の視線は迷うことなくぴったりと私を捕らえた。
 目が合った。
 私は打たれたように、握りしめていたはさみを取り落とした。かしゃん、と金属音を立てて、その凶器は床に転がった。
 彼女は静かに私を見下ろしていた。
 私は立ち上がろうとした。けれどもうまく立ち上がれずに、結局また元のように座り込んでしまった。
 私ははじめて自分の足がガタガタ震えていることに気づいた。
 震えを押さえようとひざに手をやろうとして、その手も小さく震えているのを見た。
 私は蛇に見入られた蛙のようだった。
 何もできない哀れな私を、けれど彼女はやはり無言で見つめるだけだった。
 その視線はどこまでも静かだった。
 「……また、切ったのね」
 彼女はつぶやくように言って、短くなった己の髪にそっと触れた。
 髪に触れたその指の間から、ぱらぱらと切りくずがこぼれおちた。その様を目で追い、しばらくして彼女はもう一度口を開いた。
 「……そんなに欲しかったの……?」
 私ははっと彼女を見上げた。
 違う、そうじゃない。そう言おうとしたが、言葉にはならなかった。
 髪が欲しいわけではない。綺麗な髪が欲しかった。ただそれだけの理由で彼女の髪を切ってしまった、あの7年前の無邪気な自分は、もう私の中にはいないのだから。
 ただ、苦しかった。
 いつまでも彼女の髪に縛られるのは、苦しかった。
 彼女は美しい。整った顔立ち、人をひきつける笑顔。そして今は私の手の中にある、つややかで栗色の髪。背中に波打って見るものの目を奪う、豪奢で美しい、この髪。
 私はこの髪が憎かった。周りのものを否応なく色あせさせてしまうこの髪。
 彼女の隣に立つ私は、皆の目にどれほどみすぼらしく映ったことだろう。私は私の凡庸さで、どれほど彼女を引き立たせてきたことだろう。
 かつて欲しいとあこがれた彼女の髪は、今は私を惨めにさせるだけだった。
 (ずっと)
 (ずっと友達でいてくれる?)
 幼い頃の彼女の声。
 あなたの一番そばにいる人間が、他ならぬあなたによって傷つけられているというのに。あなたの存在自体が、私を惨めにさせているというのに。
 あなたはそんな言葉で私を縛るの? いままでも。これからだって。
 私は苦しかった。
 この苦しみを、彼女に伝えたかった。
 くちびるがわなないた。
 「……っ」
 つらかった。
 つらかったのよ。
 喉が震える。声が気管をせりあがってくる。
 「………………………………好き…………」
 その、声。
 私の、声。が。
 
 彼女は再度、つぶやいた。
 「……そんなに、欲しかったの……?」
 無表情に。
 「私、が」


END.