残像

 光が射した。
強烈な光は一瞬、女の形の影を作り、すぐに消滅した。バタン、と扉を閉める音が聞こえた。
青白い残像が目に焼き付いている。だが、それだけだ。
久しぶりに見た光にさえ何の感慨も見出せない自分を不思議に思い、ふと自嘲して、男はゆっくりと冷たい床から起き上がった。
元気そうだな、と、暗い室内に声が響いた。
顔を上げると、軍服に身を包んだ女が、靴音を立てて近づいてきた。
残像が、まだ消えない。女の顔のあたりをただようそれは、様々に形を変え、浮遊を続ける。表情が見えない。だが、それでいい。
男は軽く息をついて微笑した。そして言った。
行くのか。と。
女は沈黙したまま、ゆっくりとかがみこんだ。そして、男の首に腕をまわした。
嗅ぎ慣れた匂い。胸にのしかかる重み。覚えているとおりの女。けれどやはり、感慨はない。
男はやや自嘲ぎみに唇をゆがめて、女を抱き返した。そしてもう一度言った。
行くのか。と。
おまえが。男の耳元で、ささやくように女は言った。
おまえがこんな場所で、こんな立場で、こんな状況に甘んじていいわけがないんだ。
熱を帯びた言葉だった。女はもう、何かを決意していた。
それを知りながら、男は言う。
行くな、と。
それは今まで呪文のように繰り返されてきた言葉だ。ある時は怒りに燃えて。ある時は淡々と。
互いの願いの全てだった。けれど願いはすれ違った。互いが互いの願いを叶えてやることはできなかった。
女は立ち上がった。ひかれるように男は女を見上げた。
光の射さない室内で、けれど女の目は確かに輝いていた。それは真摯なまなざしだった。
ああ。
男はやっと、自分の中に感慨らしきものが浮かんでくるのを感じた。
扉が開いた。女は、女の影は、そこに唐突に現れた光に飲み込まれていくようだった。
男の視界がゆがんだ。
綺麗だ・・・・・・。
気がつくと、そこはもう、もとの暗い室内だった。何事もなかったかのように、静寂だけが横たわっていた。
けれど、男は泣いていた。
さっき見た光のような、あふれんばかりの感情が男を支配し、突き動かしていた。
男は泣いた。泣きつづけた。

残像はもう、見えなかった。

 

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